トルコ大統領選挙が明日に迫った。選挙の帰趨はトルコ国内のみならず、中東・ユーラシア情勢ひいては世界情勢にも大きな影響を及ぼす。仮にエルドアン大統領が敗退すれば、民主的手段で20年以上君臨した強権政治家を降ろす稀有の例として民主主義への信頼が高まるであろう。逆にエルドアンが選挙結果を受け入れず権力の座に居座れば民主主義の将来は暗いものがある。
1.現在、エルドアンは野党統一候補のクルチュダオールに44%対49%と後れを取っている。何故エルドアン支持に陰りが出たか?その理由は;
- 経済状況が近年極めて逼迫し、庶民の生活を圧迫してきた。一時は84%のハイパーインフレで直近でも40%台。私が離任した2011頃は60円、今6円台。経済成長はコロナからの回復基調で5~10%を近年達成するが、実感は無く、一人当たりのGDPもAKP政権の最初の10年で3倍、1万ドル超え達成だが、現在は1万ドルを切る低迷。宗教的頑迷さで金融政策が非常識、且つ政治が経済に介入し、特に建設業を始め政商が跋扈、汚職が蔓延。所得格差が拡大、所得上位一割が国富の2/3を所有する。労組組織率は2003年に比し58%から14%に激減。
- トルコ地震への対応が後手に回る。3日間、被災地では軍も、救援隊も、NGOも姿見えず、被災民が雨と寒さで飢える。年内に住宅20万戸の掛け声も空回り。建築基準法の脱法行為を与党AKPが黙認してきたことに大きな怒り。CHPが首長の地域での素早い救援活動との対比が際立つ。クルド地域が被災したから反応が悪かったと見られた。
- 表現の自由を始めとする人権が蹂躙されつつある。エルドアン独裁が顕著となった2013年ゲジ公園騒乱以来、汚職事件を発端としたフェッテュラ・ギュレンへの締め付け、2016年のクーデター未遂事件を経て、ギュレン関係者や反政府運動関係者を万単位で逮捕拘禁。ましてやクルド勢力は、これを圧迫し政党党首迄投獄。ジャーナリストの投獄とメディアの締め付けでトルコは人権侵害国8位(国連ウォッチ)となり、息苦しい。
- では、過去20数%の支持しかなかったCHPの、その党首が何故支持率トップなのか?その理由は;
- Table of Six と言われる野党連合(国民連合)に成功。中道左派のCHP,右派国家主義のIYI,AKP離脱組の2派(中道右派のGP,DEVA)、中道右派のDP,宗教右派のSPと右から左まで網羅、反エルドアンで結束。クルチュダオール自身アレヴィ―派と公言、もう一人の大統領候補インジェも戦線離脱(支持率2%)。クルド政党(HDP)(10%程度)も支持表明。クルチュダオールの人柄も穏健、包容型。
- 「昨日より今日が貧しいならエルドアンのせいだ」と訴え、「正義、法治、権利」をスローガンに政府批判。地震対策の拙さ糾弾、建設業者の腐敗癒着を批判。シリア難民帰還を訴える。
- 大統領制を批判、議会制への復帰を主張。大統領の独裁を批判。
2.僅差でクルチュダオールが勝利した時にどうなるか?これはトルコ専門家の関心事。エルドアンは権力を手放さない。その根拠は?;
- 2015年の総選挙でAKPは議席過半数を割るも、組閣を引き延ばし再選挙。過半数を大幅上回る。
- 2019年地方統一選挙でAKPはアンカラ、イスタンブール、イズミール等の大都市で敗退。イスタンブールはエルドアン出世の出発点で負けを認めず、再選挙に持ち込むも、一層の大敗を期す。との事例から、トランプ、ボルソナロの例もあり、最後まで譲らない可能性あり。又政府、議会、立法に確固たるAKP支持者がいて、節目節目でエルドアンに有利に采配を振るう余地あり。但し、トルコは一人一票の投票権は基本的権利として各国民が主張する程に民主主義はこの100年で定着。これが他の権威主義国家との差。又、選管、憲法裁判所も最近エルドアンの指示に従わない判断をしたことも一抹の望み。
3.クルチュダオールが当選したらトルコは変わるか?
Table of Six は政策協定覚書を作成。先ずは経済運営、特に金融政策は正統派、伝統的手法に戻す、大統領制を元の議会制に戻す、表現の自由他欧州人権裁判所の方向性に合わせて制度を見直す、シリア難民を帰還させる、クルド問題では賢人会議で議論、EU加盟交渉に前向き、NATOに準拠、対米関係の改善、等が予想される。AKP時代と比し、強権的アプローチはトーンダウンされよう。しかし合従連衡の連合故に、内部での葛藤が始まるとともに、外には強力なAKPと言う野党が存在することから、議会制に戻すことを始め可なりの抵抗が予想される。