「将来は中東・南アジアで核保有6か国の時代も」 

サウジアラビアの実権を握るムハンマド皇太子が18日、ホワイトハウスでトランプ米大統領と会談しました。サウジは9月にはパキスタンと戦略的相互防衛協定に署名しています。パキスタンやトルコの大使を務めた田中信明氏は「米国の退潮により、中東や南アジアで自律的な競争が目立っている」と語ります。

 ――最近の中東・南アジアをどうみますか。

 米国1強体制の終焉(しゅうえん)と共に、中東と南アジアの情勢は激変しました。中東では元々、欧州や米ロなど域外勢力の介入により、サウジ、イラン、トルコ、エジプトイスラエルなど地域大国間の抗争が続いていました。超大国に影響されない自律的な新しい中東戦略図が出来つつあると思います。

 南アジアでも、旧ソ連のアフガン侵攻と撤退、冷戦終結、米同時多発テロ、米軍撤退など、局面が変わるたびに、旧ソ連・ロシア、米国、中国が入れ替わるように介入し、地域関係国の外交政策が極端に何度も変化しました。こちらも米国の退潮で周辺諸国の活動が活発化しています。

 ――米サウジ首脳会談をどう評価しますか。

 ムハンマド氏は、サウジ政府に批判的だった記者が2018年に殺害された事件への関与が米情報機関から指摘されていました。彼は、減退した(サウジの)国際政治上の影響力を回復させ、訪米をその集大成にしたと思います。

 ムハンマド氏はエネルギーの重要性を世界に再確認させようとしつつ、イランとの緊張緩和、シリアとの関係改善、パレスチナ国家樹立の支援表明などを行い、中東秩序の再構築を図っています。

「1兆ドル投資」でトランプ氏を懐柔したサウジ

 今回の訪米で、米国から「非NATO(北大西洋条約機構)主要同盟国」の地位を獲得し、原子力やAI(人工知能)での協力、F35ステルス戦闘機の売却などを引き出しました。中東の覇者はカタール、イスラエルなどではなく自分だと宣言したに等しいと思います。1兆ドル(約155兆円)規模の対米投資を表明し、トランプ氏の懐柔に成功しました。

 ――一方で、サウジは最近、パキスタンと相互防衛協定を結びました。

 サウジが「米国は頼りにならない」と判断したからです。19年、サウジの石油施設が攻撃された際、米軍はサウジが望んだほどの行動には出ませんでした。バイデン前米政権はサウジの人権問題を批判していました。

 協定締結の背景には、パキスタンが保有する核の抑止力を利用する狙いも指摘されています。

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なぜ、パキスタンとアフガニスタンは衝突したのか

 現在、イスラエルが軍事的に台頭しています。今年9月には、イスラエルが米同盟国のカタールに居住するイスラム組織ハマスの幹部を攻撃しました。危機感を覚えたサウジはパキスタンとの協定を決断し、保険をかけたのでしょう。

 ――10月にはパキスタンとアフガニスタンが武力衝突しました。

 米軍が21年にアフガンから撤退し、イスラム主義勢力タリバンが戻ってきました。タリバン暫定政権は「対米戦に勝利した」という高揚感に加え、中国やロシアから国家として扱われるなど徐々に国際的地位を整えて自信を深め、パキスタンからの執拗(しつよう)な介入への抵抗を強めています。

 パキスタン国内でテロ活動を続けていた反政府勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が、パキスタン軍の掃討作戦を受けてアフガン領内に逃げ込み、アフガンやインドの支援を受けていると言われています。パキスタン政府は最近、400万人とも言われるアフガン難民のうち、約150万人をアフガニスタンに送り返し、両国関係が緊張していました。元をたどれば、米軍の急激なアフガン撤退に原因があると言えます。

 ――トランプ政権は最近、かつて米軍基地だったアフガンのバグラム基地の再取得に意欲を示しています。

 米国はパキスタンやアフガンに中国やロシアの動向を探るためのリスニング・ポイント(通信情報などの収集拠点)を欲しがっています。バグラム基地は中国との国境にも近く、中国内陸部の核ミサイル基地情報が収集できるほか、ロシアやイラン、インド洋にもにらみを利かせられます。

退く米国、流動化する中東・南アジア情勢

 アフガンのタリバン暫定政権も米国による国家承認を欲しがっていますが、反米をレーゾンデートル(存在意義)にしているため、機は熟していないと思います。

 ――中東や南アジアの安保情勢は今後、どうなっていきますか。

 米国が退こうとしているため、流動化しています。ヒンドゥー至上主義に傾くインドは「パキスタンが中東諸国と一緒にムスリム同盟をつくるかもしれない」と警戒しているかもしれません。インドにとってサウジは主要な貿易相手国ですが、ムスリムの団結も懸念材料です。中国がパキスタンとの連携をさらに強化する可能性もあります。

 イランも、時間はかかるかもしれませんが、必ず復興しますし、核開発もあきらめないでしょう。また、サウジはパキスタンの協力を得て、将来、核を保有するかもしれません。中東はイスラエルとトルコの2大軍事大国時代を迎えていますが、イスラエルはシリアのクルド人勢力を支援する動きをみせ、トルコと衝突する可能性もあります。

 最終的には、すでに核を保有するインドとパキスタン、事実上の核保有国であるイスラエルに、イラン、サウジ、トルコを加えた6カ国が核を保有する時代が来るかもしれません。

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