トルコ大統領選が明後日に迫った。この機数はトルコ国内のみならず、中東情勢、ウクライナ情勢、ヨーロッパとの関係、対米関係ひいてはグローバルな勢力地図に影響を与える。というのも過去20年政権の座にあり、この10年頓に権力集中を強め、対外政策においてNuisance Valueを高めてきたエルドアン大統領が初めて敗退するシナリオが現実味を帯びてきたからである。

直近の支持率はクルチュダオールCHP党首(K)が49%、エルドアンAKP党首(E)が44%。インジェMP党首が撤退して2%の支持者がCHPに流れればKが第一回目ですら過半数を制することになる。

エルドアンの不人気要因は、第一に経済情勢の極度の悪化。80%を超えるハイパーインフレで直近ですら40%を超える。私がトルコ離任した2011年には1リラ60円程度だったのが今や6円強。これに$1000億ドルにも上るトルコ地震被害。これでは失業率10%、GDP成長率5%強、輸出好調でも経済は確実に疲弊している。富裕層10%が2/3の国富を占有し、下位半分の所得層は4%のみ。AKPが政権取ってから労組組織率は58%から14%に激減。

(それでもAKPが政権維持してきたのは安価な住宅供給、基礎医療の提供と国民の宗教・保守性向のお陰)

第二にトルコ地震への対策の稚拙さ。地震発生が3日間、救助隊、軍隊、NGO等現地で不在。被災者は雨と寒さと飢えで困窮した。今年度中に20万戸の住宅建設とのスローガンも実行はほとんどされてない。

第三に、政権運営の傍若無人さ。AKP政権の最初の十年はEU加盟に向けての条件整備に努力。しかしゲジ・パーク騒乱、クーデター未遂事件を経て大統領制へ憲法体制を変換し、独断専行に走る。この過程で汚職・腐敗・ネポティズムが横行。AKP支持層も辟易し始める。

第四に、上記と連動するが、表現の自由と人権の極度の制限。ゲジ・パーク騒乱、クーデター未遂事件以降、フェッテュラ・ギュレン関係者とか反政府主義とかで逮捕監禁、拘留されたジャーナリスト、軍人、司法関係者、官僚、教育関係者は数万を数える。その殆どが近代国家では罪刑法定主義に反すると見做されるような身体拘束である。今やトルコ情勢の分析で私が論拠としうる論評は殆ど存在しない。友人のコラムニストも筆を折った。

クルチュダオールの支持が高いのは決して彼が強いリーダーであるからではない。彼はむしろ、穏健な、学者肌の人物。ではなぜ支持が高いか?

第一に野党が合従連衡した。いわゆるTable of Sixと呼ばれる6党の共闘が珍しく成立。左派中道のCHO,右派国家主義のIYI,二つのAKP離脱組、中道右派の民主党、宗教国家主義のFPと玉石混交。共通政策覚書は結んで当面は団結。

第二に、「昨日より今日が貧しく感じればそれはAKPのせい」と訴え政府の経済政策を批判。これは受ける。「権利、法治、正義」をスローガンに。

第三に地震対策批判。政府の対応のみならず、AKPが建築基準法無視を放置してきた建築業者の支持を得ている点を批判。野党が市長の市町村では対応が早かった。

エルドアンが負けたらどうなるか?

最後の最後まで権力にしがみつくとの見方が、専門家の間では定説になっている。その論拠は、第一に2015年総選挙でAKPが過半数を割るがCHPとの大連立をサボタージュして再選挙に持ち込み、政権維持。第二に、2019年の統一地方選挙でイスタンブール、アンカラ、イズミールと言った大都市の市長を失うが、イスタンブールはAKPの揺り籠であり、負けを認めず、再選挙に持ち込むも、今度は大差で敗れる。

しかしエルドアンと言えども国民の一票の重要性は尊重する程度までトルコの民主主義は進化した。権威主義国家と言えども、その権威主義の度合いは濃淡がある。